東京工業大学で東浩紀氏の講演「情報社会の思想」を聴いてきた


あーこうやって無理出来るのもいつまでなんだろう…と思いながら郊外から少し足を伸ばして東京工業大学大岡山キャンパスに行ってきた。17時半に開始だったけど15時過ぎについてしまったので下流人間らしくドトールに入り同伴者と質問を練る。やはりここは空気読まないでラノベの話とか振ってみたいなぁと言ってみたり。

その後、東工大キャンパスぶらぶら。学食でうどんを食べたりとかタバコを吸って時間を潰す。高低差があり広い敷地が写真撮ってて楽しかった。高校生の時に来てたらもう少し進路考えたのにとかムダ後悔。

ややあって開演。東氏がパソコンを教室のOA機器に接続している間に橋爪大三郎氏挨拶。当然ながら初見。以下講演のメモからおこした箇条書き。内容自体は東氏の思想的出自と「情報自由論」の要約みたいなもの。

ポストモダン

  • ポストモダン」という言葉は文化であり、生き方、時代精神である。
  • 狭義には1960年代のパリに登場したデリダフーコーに代表される知識人達の仕事を指す。フランスの思想である。
  • 当時は古典的な文学・映画が批評対象とされた。古典的テクストの再解釈。
  • それが70年代にアメリカに輸入され思想的には浅く、しかし実用的に用いられるようになる。
  • 日本では80年代に流行し、現在では半ば忘却された。東氏はこうした枠組みを用いて現代社会を読み解いている。

情報社会論

  • 「情報社会論」は、「監視社会論」と「知識社会論」とその二つの側面を両義的に取り入れた「ハッカー主義」の三つに大別出来る。
  • 「監視社会論」は人文系の枠組みであり、Dライアンや日本では酒井隆史氏などに代表出来る。左翼イデオロギーに隣接しておりビッグブラザーと呼ばれる見えない権力が私たちを監視しているという構図を描く。
  • 「知識社会論」とは経済・経営系の考え方でありDベルやAトフラーといった人々に起源を持つ。その後一時期退潮傾向となるが、90年代のIT革命を機に復活する。最近では伊藤穣一氏や梅田望夫氏などが典型的な論者である。その考え方は「個人が部分的最適行動を選択することが大きな力となり全体最適を導く」というものである。技術楽観論や楽観的民主主義と隣接しやすい。
  • 一方「ハッカー主義者」とはビッグブラザー(権力)が我々を監視している可能性を考慮しつつ、知識社会の有効性を模索するという両犠牲を持つ(が、今日の講演とは関係ないのでとばしますね、と本人)。

情報技術は人を幸せにするのか

  • ポストモダンと情報技術を研究しながらこうした問いを立てた。結論としては身体的な快楽は増加するが、従来的な人間像から考えるとどうやらあやしい。
  • Googleトライアングルと呼ばれるGoogleが広告主に高い広告料を取る場所がある。それはパソコンのウィンドウ上の端の斜め上を指している(右か左か失念、すいません)。
  • せっかく情報が増えても私たちは選択肢が増えていないどころか減らしている可能性がある。Amazonのリコメンド機能なども、機械が勝手に私たちにオススメを教えているだけで、選択しているとははっきり言い切れない。
  • だがそうした機能を私たちは便利だから喜んで受け入れている。また従来のように企業やマスコミが均質の情報を私たちに送信しているわけでもない。だから情報に踊らされているとも言えない。

東氏の具体例など

  • 大学院時代にパソコンが爆発的に普及。それ以前はフランス語文献を新宿の雑居ビルに行って探したりフランス語で手紙を書いて送ったりしていたが、ネットによってその必要性はほぼ無くなった。ああいうパラダイム変化を目の当たりしたのは貴重だったとのこと。

規律訓練

  • 規律訓練はミシェル・フーコーの「監獄の誕生」によって検証された。
  • 円形に配置された独房の中心に看守塔がある一望監視システム(パノプティコン)がベンサムによって考案されている。このシステムにより囚人は看守の視線を内面化して一定の生活を維持してしまう。これは近代の特徴である。
  • この例だけだと分かりづらいがフーコーは病院/軍隊/学校などで多面的に検証する。
  • 例えば病院などでは3食きちんと病院が出るが、これは本当に健康のためだろうか。別に2食でも良さそうだが。腹が減っていなくても飯を食べる。こうした身体と時間の同期関係などが規律訓練の一側面。
  • ちなみに…と断って「僕は大分前に近代人である事をやめてます」というところが可笑しかった。
  • またパノプティコンはジョージオーウェルの小説「1984」と酷似している(といって今読んでいる同小説のネタバレをされ少し落ち込む)。
  • 1995年ごろ予備校教師をしていたが、そのころ高校生がどんどん壊れていく感覚があった。
  • 例えば次の授業を待つ間廊下で寝てポテトチップを食っている生徒がいた。
  • 近代はこうした問題を規律訓練で低コストにおさえようとした。「廊下で寝ない」という規律を内面化可能にしていた。だが今は違う。
  • 阪神大震災が起きた時も神戸がどこにあるか知らないし、起きた事自体を知らない高校生がいた。神戸はどこか聞いたら仙台の近くを指した。
  • だがこれも新聞とテレビを見ていないなら当たり前の感覚。むしろ、その時考えたのは「新聞やテレビに写っている事が自分に関係があると考えるのは何故か?」ということだった。

環境管理

  • 成功モデルがポストモダンでは喪失している。
  • 例えば「産む機械」などで少子化問題が取り沙汰されているが、私たちの社会は子供をもつ事に対して強い動機付けを与えられないから子供がいる家庭に対しては税金免除するくらいしか答えが出せないのではないか。それから子供を持った時とそうでない時の所得の差を統計で説明するとか。
  • 飲酒運転問題などでも、運転する人に飲酒させないような倫理を内面化させるよりはアルコール検知する装置を車に付けて飲酒したら車が動かないようにすればそれで良い。どちらが良いかは別だが私たちは後者を選んでいるのではないか。
  • 環境管理は何故台頭するのだろうか。それは私たちが多様性を認めているからである。
  • 以前なら同性愛者は先輩に風俗に連れていってもらって少しすると奥さんと子供がちゃんといてみたいな事があったかもしれない。それが近代では成熟と呼ばれた。
  • しかし、今は同性愛の人に対してそれはいけないとは言わないし言えない。そういう話自体がセンシティブだから話さないようになった。何より同性愛者がネットで同好のコミュニティを探し、幸福を追求する権利を私たちは認めている。
  • 近代がinclude(内包)ならばポストモダンはexclude(排除)と呼べる。
  • 例えば性犯罪者にGPSを付けて彼の位置を常に特定出来れば、それほど危険では無い。子供と親はその情報を受けていつのまにかいなくなる。そもそも付き合ってくれる人としか会わない。本人にも幸せなのではないか。
  • 情報技術が社会的なゾーニングを可能にしてくれる。例えばホームレスの人々を退去させるさせないで問題になっているが、これからは市民カード…いや東工大カードでも良いがそれに本人認証させるタグを埋め込み社会空間をゾーニング可能になるので、ホームレスの人々はこれからはそもそも公共施設に入る事が出来なくなるかもしれない。

技術と社会の共進化

  • インターネットには全体性が無い。
  • 2ちゃんねるにも色んな板がありその中に様々な意見がある。
  • 例えばある世代、ある考え方の人にとってはインターネットは明らかに右傾化しているように見えるかもしれない。きっとヤバイから取り締まらないと、と言うかもしれない(おどけた調子の東氏にここで会場内に笑い)。
  • いや、でもこの話もここが東京工業大学だから笑いがあるけど、きっとインターネットってそういうもの。
  • つまり特定の情報を能動的にたくさん得る事が出来るメディア。
  • キャス・サンスティーンの「インターネットは民主主義の敵か」によるなら、ネットはコンセンサスの形成ではなく、多くの意見がすみわけされ強化される場所であるという。
  • ユビキタス社会は権原理論(entitlement)を可能にする。
  • これからは公共サービスも税金の支払いに応じて、違いが出てくる。またその管理をコンピューターで厳密に調整できる。だが、そうした制度から外れてしまうホームレスや外国人の不法労働者はどうなるのか。

3つの社会像

  • こうしたポストモダン社会では大別して3つの社会像を描ける。「保守主義+近代回帰」/「リベラリズムアイロニー」/「リバタリアニズム+工学的管理」である(パワーポイントに森村進「自由はどこまで可能か」の図表を示しながら上の三つがどういう場所にあるのか説明)。
  • 日本はそのうち「保守主義+近代回帰」を選択しているように見える。リバタリアンは経済的自由と人格的自由を最大限に上昇させようとする。だが制度設計だけで社会が維持出来ないので、そこに工学的管理が入ってくる。
  • 下流社会」という本がある。時間も押してきたのであまり詳しくは言えないが、あの本で一番気になるのはライフスタイルと経済格差問題を連動させた点である。
  • 「東京から考える」という本でも述べたが、ライフスタイルと経済格差問題は別個考えてみた方が良い。年収300万円の人も年収1億円の人もライフスタイルが似ている側面がある。ホリエモンがコンビニで食べ物買っていたとして(もちろん堀江さんがいたら騒ぎになるかもしれないけど、と言いつつ)その光景自体には驚かない。
  • つまり私たちのライフスタイルは階層的になっているのではなくて圧縮されつつある。それは良い面もあり、全然違う所得階層の人が同じライフタイルを送る事で共通点が見出せるかもしれない(同じゲームの話で盛り上がったりとか)。だが一方で収奪関係が隠蔽されいるとも言える。
  • 例えば吉祥寺や高円寺のようににおいのある街や場所もこれからは存在意義を見失うかもしれない。バリアフリーの観点から子連れにとって楽しみづらいならばもっと万人に受け入れられるように工学的にデザインした街の方が良い。そうして郊外的な風景が広がっていく。

環境管理社会とその問題

  • 工学的管理による権力の不可視化、非人称化は責任の所在も不可視化してしまう。Amazonのリコメンドはただのアルゴリズム。それに薦められたものが粗悪品だったとして、誰が責任を取ってくれるのだろうか。
  • コミュニティはこれからますます相互不干渉する。それは人間に認知限界が存在する以上不可避なことである。
  • また、現在自由意志を前提とした社会制度とそうした工学的管理が齟齬を起こす可能性があるだろう。
  • セキュリティとはラテン語でse+cura、英語ではwithout+careである。セキュリティとは「世界に対する関心を失いつつある状態」「世界に対する関心がなくても維持出来る状態」ではないだろうか。
  • ここからはまだ言葉にしづらい状態だが、今は「他者の共感可能性」と「世代の連続性」を関係させながら上の問題を考えている。

ここまでが講演の内容だった。かなり意訳や端折りがあるのでhttp://d.hatena.ne.jp/nitar/20070219なども参照して欲しい。

質疑応答

  • Q1「えーと…私もあなたと同じ団塊ジュニア下流なんだけど、今日はどんなことやるのかなと思って…とか…とかチョムスキーの…とか(よく聞き取れなかった)映画を予習してきたんですけど。アンタは哲学者じゃないね!」
  • A1「あー…えーとそれは質問じゃなくて意見ですよね?」
  • Q2「共感可能性についてなんですけど、云々かんぬん」
  • A2やり取りが長すぎて覚えてないけど、身体的な連続性は消去不可能だという話と、リバタリアンは「世代」や「親子」をあまり重視してないみたいな話だけ覚えている。

あともう一つだけ幻のQ3があったけど特に書く必要も無いなと思ったのでここには残さない。最後に橋爪大三郎氏が講演をしめる時に東氏が何かすっきりせんなーという表情だった。

雑感と友人との会話

  • 行きはドトールで帰りはマックに寄るなんて僕たち下流マックスハートじゃないですか。
  • 東氏がネットの全体性など無いという割にはネットで叩かれるのを恐れているのが可笑しかったと同伴者。まぁそこはギャグも入ってるだろう。
  • 講演の内容そのものに目新しさは無かった。基本的に彼の著作を読んでる人には少し食いたりなかったんでは。ただ生の声を聞くことで彼が何を強調しているのかが良く分かった。「ジル・ドゥルーズは映画論を残していて…いや映画が彼の場合決定的に重要なのですが」など、なるほどなと。
  • 東先生は早口で冗談を入れるのが好きだった。結局ラノベやオタクの質問はしなかったが何故か。講演が終わったあとに行けば良かったじゃん。チキン。
  • あの空気では無理だった。かなりイライラしてるように見えた。そんな時に空気読まない発言は時限爆弾ものだと思う。多分idを聞かれて後日炎上させられるのではないか。いやそれは冗談としても公演内容に関係無い質問は失礼。
  • チキン過ぎる。動ポモしか読んだ事なかったが、今回の話であれがオタク論でないことは良く分かった。それと今日の東氏のセリフで「すごく簡単に言えば、あとでまた簡単に言いますが」というのがかなりツボった。

などなど。

その他全然関係ないこと

  • 哲学や思想系の講演会は大体ああいう客が来るのだろうか。それともロフトプラスワンだと課金するし、情報も好きな人にしか届いていないから客も上手くゾーニングされるのか。
  • とにかく動ポモ2を待つ。ラノベ定義問題も文学2.0も東先生におんぶに抱っこしてればオーケー…なわけはなく、マンガにおける「テヅカイズデッド」のような、音楽論における「その音楽の<作者>とは誰か」のような仕事が待たれている…はずだが出てこない。誰かやらないかな。
  • 当面「Jポップとは何か」のような産業論が重要なのではないか。オレはこの系譜の作品に思いいれがあってうんぬんかんぬんは際限なく続くので一端停止し、客観的な売り上げや本の製造過程、作家と会社の関係に焦点を当てるなどなど。とりあえず作品の内容を知らなければ語れない類の話だと仮説すら立てられない。
  • ただし、音楽と違い文章には楽器や発声法などのように具体的な技術進化の契機を見出せない。だからすぐに表現論の話になり結局読んでない人は…無限ループ。
  • ところで東先生の話は?
  • やー次はロフトプラスワンに来る時に会いたいなー。
  • きっと今頃大学の人と飲んでるだろうね。同じ頃俺達はマックか。虚しいな。

と言うわけでその後少しぶらぶらして家に帰った。