[その他]

久しぶりに先輩と会った。お互いの不遇を確認しつつだらだらした。最近周囲に痛々しい会話を出来る人がいなくなったので、当面一ヶ月耐えられるよう直近で会った出来事を発散した。

  • この前占いに行ったらあと数年以内に不幸がありますね!と言われた
  • 少し前まで盛り上がっていた脱オタ運動は、大量のファッションオタクを生み出しただけだった
  • 自己啓発系メンヘラーや素晴らしき人々との通信方法について
  • 本の捨て方について
  • ムダ知識を得すぎたダメ人間の生き残り戦略
  • ラノベ的名言について
  • 下流について
  • 男性は女性より精神年齢が劣った動物だというのは都市伝説か否か

占い

余りにサービス精神の無い占い屋だったので今年下期一番のメモリーになった。一般的な占いではどうなのか知らんがオレの場合はそれに対する解決策が提示されなかった。いやはや。

脱オタ

まぁ結果として、日本からバンダナとリュックサックを背負ったスタイルは絶滅寸前に希少種になってしまった。世間様から見ればオレのようなアレげな連中が視界に入らなくなったので、良かったのかもしれないが、脱オタが世間への軟着陸と最終目標とするならダメかもしれない。いや、脱オタの最終目標が標準化されていないのであんまりその言い方も意味がないのか。世間様とかふいに使ってしまうが、ありうべき世間を想定し過ぎるのが、何かオレに限らず童貞力をキープしつづけている人の悪い癖なのかもしれない。友達が増えたなら良かったんじゃないでしょうか。

自己啓発

自己啓発が何故苦手なのか。それは頭の中は自分のものであるし、考え方は自分のものであるという自意識が強いためである。だからそういう考えそのものを捨てることが可能なら…と頭では分かっている。だが本当は、単純に「○○信仰」というギリギリ感に生理的嫌悪を感じるというつまんない理由。反省の反省の反省の反省の…という思考方法は確かに認識地獄なのだが、そこに留まり続けるのが一種のプライドに繋がっているので、やめろと言われてやめらることなど不可能。同様に人間ってのは〜的な世の中こうなってる式の人間=素晴らしき人々も超絶苦手。根本的な説明を説く際に人間とか世の中とか日本とかを根拠に置くのはデンジャーだというところから、物事を判断してるので。ここも理屈っぽく説いてはいるが、要するに飲み屋でよくある説教とスタイルが変わらないからというのが実は一番分かり易い。お父さんの説教ウザイ、という。だが…そういう意味不明な根拠を持ち出す人の方が何か上手く生きれてるよねというところで同意した。というわけで明日からは日本とか世間とか人間を無根拠に根拠にしてみよう。ただ、彼らとの通信方法については良く分かっていない。内部ロジックを近似させてもデータのやりとりが出来ないからか…。ああ…あと感情表現がまるっきり違うというのもある。素晴らしき人々の振る舞いやセリフはオレに言わせればマンガかよなのだが、それをあっさり言い切ってしまう芯の強さ。最近ライフハック系や自己啓発系の人々の間では政治家ですら気恥ずかしくて言え無いような超セリフをはくからなーそしてオレとかしばしばそれネタでしょとか思うのだけど(時々実際言ってしまうのだが)ガチなのだ。

とらのあなに行くのをやめる。コミケに行くのをやめる。アマゾンをチェックするのをやめる。

ムダ知識

なんかこれ偉そうだな見方によっては。や、でも生半可な知識って本当に前に進むには邪魔ですよねという。例えば、最後に自分に自惚れてでも良いから舵を切らなければいけないのに、自分の頭の中のゴチャゴチャした知識が一気に物事を失敗に叩き落とすための計算をはじき出したり。例えば、場の空気をぶち壊すような、しかし事実をさりげなく言ってみたり。例えば、どっかで読んだあの文章がへんな拘りを生んでしまったり、などなど。現状としては、敢えて空気を読めないフリをしながら(実際読めないのだし)、ムダ知識の有効活用する術を探るのが良いのではないかという話に。会話レベルなら自分の知識を相手に合わせてレベル下げたり上げたりとにかく適当にカスタマイズする。それで徐々に無意味なデータを有意味なそれに変化させる…とか大分絵に描いた餅だな。まぁそうやってトライアンドエラーケーススタディを貯めていきましょうというところに落ち着く。より深い対人関係についてはあまり話が及ばず。

ラノベ

ラノベに出てくるセリフが凄いという話。ラノベに出てくるセリフは空を眺めながらぼんやり言わねばならない。遠くを見るような眼をして言わねばならない。ラノベのセリフは…。キノとか筆頭らしいが読んでないんで知らん。鬱ラノベ専なので、魔女カリを候補にしておいた。あれの場合は格好いいというブツはあまりなくて寧ろ前半の痙攣的文章で安心させておいて毎回悲惨なのが良いのだけど。

下流

下流生活遵守中という報告をした。マック⇒ドトール⇒二郎⇒たまにコンビニで食生活が完結し、ファッションについては疑いようもなくピュアユニクロビルデッド。おまけに東京には家賃が高すぎて住めない。そういえば最近家の近くにツタヤが入った複合型ショッピングモールが出来たおかげで半径1kmから出ないでもポテトチップからガンダムのDVDまで安いコストと少ないコミュニケーションで手に入るようになった。土日にオレが使うのは2000円と「一週間でお願いします」というセリフだけですよ。マジメな話をすると下流社会の三浦さんの本は超絶釣りだけど、カテゴライズされたい症候群に
かかってるオレにはうってつけ。ただ、何か巻末のあれこれを見ると結局古き良きジャパンを守りたい人なんだな、左な意味でというのが伝わってきますねええ、という話をした。

精神年齢

昔のエントリだけどコレを思い出して話した。http://d.hatena.ne.jp/K_NATSUBA/20061219#1166605655
読んだ時はおおって思ったけど、やっぱ自分が打ったエントリーじゃないから突っ込まれた時弱い。

ああ、あと絶えず他人からの評価を気にしなければいけないという環境に女子は昔から身を置いているじゃんという話題も出た。えーと、まぁそうですね。ただ、オレ的には男女隔てなくグループ化して弱い人を叩くルールを承認しているコミュ自体に苦手意識があって(ある種自然の摂理だけどそれが自明化していてかつ誰も悪いとはあんまり思ってないコミュ)、他人からの評価を過度に気にするという内部ロジックを採用してる人々が集まると、そういうコミュ自体が成立しがちだった記憶があります。だからそういう行動傾向が精神年齢が高いとか低いとかの判断は微妙なのですが、少なくとも自分はあんまり採用したいとは思いません。まぁ話の流れ上結構オレもヒドイ事言ってますが。

あと今回は「他人からの評価を気にする」というのが主にファッションに話題だったのでまぁ特別言い添える事もあんまりないんですが、その評価というヤツが人間性一般に広がっていった場合は…留保ですねハイってことです。それは上にも書いた通りあっさりと人間通しの削り合いに発展するので胃が痛くなりそうだし、「モテ」を最終目標にした脱オタの場合は良いのかもしれませんが「とりあえず排除という危機を脱する」という程度のモチベーションというオレの場合には端的にキツイのであります。都市迷彩として選択されるファッションというヤツがあってもオレは良いのではないかと。どうでしょう?とか言って何ネタにマジレスしてるんだろうトラウマと逆恨みがごっちゃになって理路整然としてませんねウソウソ全部ネタですキモイオタは死ねば良いんです。

削り合ってる人が楽なわけは無いです。それは分かる。ただそういう判断基準を持って欲しくない人もいるということです。何かアレだね最後で脳汁溢れまくったね。

追記

やっぱり上のが気に入らないので追記。「他人からの評価を気にかける」のが精神年齢の高いふるまいであるかどうか?という仮の問いをたてるとしたら、オレはそう思わないというのが上で言いたかった事だ。多分。何故かというとそういうのは単に趣向の問題であって、別にそういうルールに乗っかる必要はあるともないとも言えないし、メリットデメリット計ったらデメリットデカイのは誰しも肌で感じる事ではあるので。

むしろそういうのが好きな人はそこでつるんでくれてればいい、その代わりこっちに来るな、そういう制度上必要な人身御供を見つけに来るのはやめてくれ、いややめて欲しかった、と考えるオレはやや迷惑顔なだけです。その代わりそのルールを遵守する事から得られる利益もオレは要求しない。まぁここまで明確に制度内制度外って区切りを入れられないのが実際の難しいところではあるんですが。

あと精神年齢というのは言葉の使い方がアレですが、何かごくごく個人的な基準に寄り添って言えばあんまりそうでもなかったかなーというのはあります。無性に友達と携帯で写真とったりとかカラオケで無性に拍手したりとかコンビニでジュースの銘柄を選ぶのにあーだこーだ相談しながら3分費やすのとかとりあえず笑顔で会話するとかあたりかわまず笑いまくるとかオレにはさっぱりで、若干神経症じみたものを感じた記憶があります。加齢に従って行動様式自体は変化しはしましたが、あんま行動原理は変化してないみたいなので、その違和感はいまだに。