マークスの山(上) (講談社文庫)

マークスの山(上) (講談社文庫)


ネタバレは無いけど高村ファンに気持ちの良いことは書いてない。


唐突だけど、僕はミステリーを読まないのでこれを上手く対象化できる気があーんまりしません。だから、大分まとはずれな話になりがちだと思う。何より高村薫の本はこれが初めてだから作家の像を上手く結べないんだと思いますけど。

直木賞を受賞した作品だから!というわけでは無いけど、エンターテイメント性はかなり高いです。それと次々と入ってくる情報量の多さに圧倒されると思います。執拗に書き連ねられるその脂っこさに、少し疲れるんだけれどもだんだんその疲れが現場の警察のそれとシンクロするような気がしてくるし、そのへんは実はワザとかな、とも思う。そのあたりは実際、情報が入ってくる時は気になる複線が色んな方向に引かれるわけですが、後々話を追って行く中でそれらは取捨選択されていく。その手際の鮮やかさ。活字スキーな人にはたまらないご馳走かもしれない。本好きな人なら、「とりあえず」薦めます。648円×2以上の価値が、この本にはある。娯楽として、素晴らしい。

でも。

たとえば、ここを見ると作者本人はこんな事を言っているみたい。

http://www12.ocn.ne.jp/~inaniwa/page017.html

初版が出版された時、「画期的な警察小説」と評された。しかしながら、作者はその評価に不満だったようである。またミステリー作家と言われることにも納得できなかったようである。
曰く「自分はミステリーを書いているつもりはない」、と。

以外!というかミステリーでも全然構わないと思うけど作者がもし不満だったとしたらそれは「ただの」ミステリーの範疇に収まってしまった、という事だと思う。
事実この作品はその点で凄く収まりが良いし、娯楽として百点に近いのだけれど、それ以上の何かを感じさせてはくれない。刑事合田が時折に差し挟む内省も、別人格としてのマークスの囁きも結局着地する場所を与えられないままだし、そこらへん作者が文庫化を渋った理由なのかナァと勘繰ってみたりもする。

もし、この本を手に取るにあたって時間を潰したいという目的がはっきりあるなら激しくオススメしたい。遅読の自分はこの本を読むのに10時間近くかかってしまったので。でも、「ただ」の娯楽とそうでない娯楽があるって思う人、時間が無いなら読まなくても良いです。

あとこの本は一種のリトマス紙になるかも。というのも、コレを読む根気がある!というだけでその人はかなり活字スキーの人だろうから、マークスの山を読んだ?と聞いて、全部読んだ!となれば、巷に出てるある程度の小説は薦められるんじゃないかなぁ、と思った。

ちなみにネットで拾い読みしていたらこんな記事があった。

「私がミステリーを捨てる理由」
http://wwwsoc.nii.ac.jp/gsle/90.nukigaki/nukigaki.takamura.html

ミステリー小説のように、何か事件があって、その事件がどのように解決していくかを語るような単線の言葉はあるのですが、事件がなく、形がない、あいまいであったり複雑であったりするものを書き表す日本語が、21世紀、危機に瀕していると思えて仕方がありません

これは晴子情歌を出版した時の2002年8月の記事の抜書き。ミステリーを捨てた高村さんには興味があるので、自分はもっと別の作品も読んでみようと思った。