戦後の思想空間 (ちくま新書)

戦後の思想空間 (ちくま新書)

「思想・政治状況が戦前回帰している」、という主張がある。経済的な敗北の中で人々が自身を無くし選択する事に疲れ独裁者を選んでしまう、というアレである。普段、そうした主張にはどことなく、聴きづらいものがある。まるで、自分が間抜けな選択をしているかのよう思われるからだ。特に、大手マスメディアが上から見下したようにそうした主張を言うとき、それに対する反発は大きくなりがちだし、自分もまたそうだ。
この「戦後の思想空間」は、そうした紋切り型の物言いではなく、戦前と現在の思想的な近似性を少し強引に照らし合わせながらも、検討する事で、現在が以下に全体主義に近づいているかを示そうとしている。その意図は必ずしも成功しているとは思わないけれど、思想の近似性という点で、戦前と現在のそれが如何に似通っているかについては、かなり説得的議論がなされていると思った。乱暴に自分の言葉で咀嚼してみると、ファシズム又は全体主義を呼び込むのは、一つに〈資本主義〉を徹底化する事、次に、多文化主義の徹底、最期に否定的超越主義の出現ということになる、ということになるのだろうか。これは、もっと噛み砕けば、純粋に資本主義を遂行するような社会(今まさに村上ファンドとかライブドアがやっている純粋資本主義のようなもの)を徹底すること、そして「誰もが仲良く共存」することに積極性を見出し、最期に、否定的な超越性=「自分のそばにいて、絶えず普遍性を否定するもの」が現れる、ということか。まぁこれでも相当乱暴なまとめだと思う。彼自身の議論はもっと繊細だ。所謂メタとベタというキーワードに興味があるのなら、消費社会的シニシズムオウム真理教を絡めて論じた第三章も面白いと思う。戦後と戦前の思想の比較するための手がかりとして、自分は読んでみた。それにしても、この本は講演を文章化したものなのだけど、こんな凄い議論が一回聞くだけで頭に入るのだろうか・・と、読んでいる間ずっと思った。